2025年4月からNHK Eテレで放送開始となるアニメ『アン・シャーリー』。原作は言わずと知れたルーシー・モード・モンゴメリの『赤毛のアン』です。
しかし多くのファンが思い出すのは、1979年に放送された世界名作劇場版『赤毛のアン』。高畑勲監督・宮崎駿が一部参加したこの作品は、今なお伝説的なアニメとして語り継がれています。
では、新たに描かれる2025年版『アン・シャーリー』は、どのように旧作と異なるのか?この記事では、演出・キャスト・映像表現・音楽などを軸に両作品の違いを徹底比較していきます。
- 1979年版と2025年版の『アン』アニメの違い
- 構成・キャラクター・演出・音楽の比較ポイント
- 世代を超えて受け継がれる物語の普遍性
原作のどこに焦点を当てているか?構成・脚本の違い
『赤毛のアン』という物語は、アンの成長を描く豊かな原作シリーズをもとにしていますが、アニメ版ごとに“どの部分をどう描くか”の焦点の当て方が大きく異なります。
1979年版と2025年版では、脚本の視点やストーリー構成に明確な違いがあり、それぞれが異なる魅力を持っています。
どちらも原作への深い愛を感じさせる作品ですが、その描き方の“方向性”がファンの間でも注目ポイントとなっています。
1979年版:原作を忠実に、じっくりと描く丁寧な構成
1979年に放送された『赤毛のアン』は、高畑勲が演出を手がけ、原作第1巻のみをじっくりと描く構成でした。
全50話という長尺を活かし、アンがグリーン・ゲイブルズにやって来てからの日々を、まるで文学を読み進めるかのように丁寧に描写。
日常の風景や心理描写に時間をかけ、視聴者がアンの感情に自然と寄り添える構成が特長でした。
また、ナレーションや“静けさ”の演出が美しく、「間」の取り方が絶妙だった点も、現在でも高く評価されています。
2025年版:原作三部作にまたがる長期構想と現代的な演出
一方、2025年放送の『アン・シャーリー』は、原作『赤毛のアン』『アンの青春』『アンの愛情』の三部作をまたぐ長期的なシリーズ構想がすでに発表されています。
シリーズ構成を務めるのは高橋ナツコさん。彼女は「アンの感情を繊細に描くことに重点を置いている」とコメントしており、原作の出来事をただ再現するのではなく、“心の成長”を軸に構成している点が新しいアプローチです。
また、2025年版では、アンだけでなくダイアナやギルバート、マリラなど周囲の人物の視点も強調されており、群像劇としての奥行きが魅力になっています。
現代の感性を取り入れたセリフ回しや演出テンポにより、若い世代でも共感しやすい構成が意識されているのもポイントです。
文学的な重厚さを尊重しながらも、視覚的なテンポと現代的な心理描写を融合した“新しい赤毛のアン像”が、ここに誕生しています。
キャラクターの描き方・セリフのアプローチ
『赤毛のアン』という物語は、アン・シャーリーという少女の“感受性豊かな語り”と、その周囲を取り巻く人物たちの描写によって魅力を放っています。
1979年版と2025年版では、このキャラクターの見せ方やセリフまわしに明確な違いがあり、それぞれの作品に込められた“伝えたい感情の方向性”がにじみ出ています。
アンの性格表現の違いと演技スタイル
1979年版のアンは、朗らかで前向きな一方で、ときに孤独をにじませる文学少女として描かれていました。
声を担当した山田栄子さんの演技は、繊細な情感と落ち着いた語り口で、アンの内面をじっくりと引き出すスタイル。
それに対し、2025年版のアン(声:井上ほの花さん)は、“想像力豊かで快活、感情の振れ幅が大きい”キャラクターとして表現されています。
井上さんの演技は、「感情の揺れや喜怒哀楽のテンポを意識している」と語っており、より現代的で共感性の高いアン像がアニメでも生き生きと描かれています。
サブキャラの厚みと表現の広がり
1979年版では、主にアンを中心に描かれ、サブキャラの描写は“アンとの関係性”を軸に構成されていました。
ギルバートやダイアナ、マリラやマシュウももちろん丁寧に描かれていましたが、彼らの内面まではあまり立ち入らず、あくまでアンの物語として一貫性がありました。
それに対して、2025年版では、“群像劇”のように各キャラクターの内面や視点にもフォーカスが当たる構成となっています。
特にギルバートやマリラの感情描写はより人間味を持って描かれ、「それぞれが自分の物語を生きている」感覚が視聴者に伝わる仕上がりです。
セリフも現代の視聴者にとって自然な語り口にアレンジされており、時代背景を尊重しつつも“今の私たち”に響く言葉が選ばれているのも印象的です。
このように、2025年版では“キャラクターたちの生きるリアルさ”を多角的に感じられるのが、大きな魅力のひとつとなっています。
映像美・アニメーション技術の進化
1979年と2025年──約半世紀を隔てて描かれる『赤毛のアン』と『アン・シャーリー』。
その違いは、キャラクターやストーリー構成だけでなく、背景美術やアニメーション技術にも如実に表れています。
どちらも「アニメーションで文学を表現する」という点では共通していますが、表現手法はまったく異なる進化を遂げています。
背景美術と色彩設計のアプローチの違い
1979年版『赤毛のアン』は、セル画ならではのぬくもりある背景美術が特徴でした。
特にグリーン・ゲイブルズやプリンス・エドワード島の自然描写には、四季のうつろいや風の流れさえ感じさせるような詩情がありました。
当時の技術的制約の中で描かれたアナログの色彩は、淡く、やさしく、どこか懐かしさを感じさせるトーンに仕上げられており、多くの視聴者の心に残っています。
一方、2025年版『アン・シャーリー』では、デジタル技術を駆使した色彩設計と背景演出が際立ちます。
画面にはっきりとした奥行きがあり、光と影のコントラストや空気感の描写が格段に進化。
色調も時に幻想的で、アンの感情や場面の空気に寄り添うような“感情色”として機能しています。
アンサー・スタジオによる最新表現と温もりの融合
2025年版『アン・シャーリー』のアニメーション制作を担うのは、『夏目友人帳』や『ギヴン』などで知られるアンサー・スタジオ。
彼らは繊細なキャラクター演技と丁寧な背景描写を得意とするスタジオであり、その技術と表現力が本作にも存分に生かされています。
特筆すべきは、デジタル技術でありながら“手描きのようなやわらかさ”を大切にしている点。
キャラクターの髪や服の揺れ、まばたき、呼吸などの微細な動きにも命が宿っており、“静かなドラマ”を描くにはぴったりのタッチと言えるでしょう。
また、背景には手描き風のテクスチャや自然な光のにじみが施され、昔ながらのアニメーションの温もりと、最新の映像表現が絶妙に融合しています。
まるで絵本のページをめくるように、一つひとつのシーンに物語が詰まっている──そんな映像体験を味わえるのが2025年版の魅力です。
音楽・主題歌から感じる時代性
アニメにおいて音楽は、物語の空気感や感情を支える重要な要素。
『赤毛のアン』(1979年)と『アン・シャーリー』(2025年)もまた、それぞれの時代と表現意図を反映した音楽で作品世界を深めています。
クラシックの余韻を残す1979年版と、希望と繊細さを奏でる2025年版——。
その対比こそが、世代を超えて語り継がれる『アン』の魅力を際立たせているのです。
1979年版のクラシカルで重厚なBGM
1979年版『赤毛のアン』の音楽は、三善晃氏によるクラシカルで格調高い劇伴で知られています。
オーケストラを基調とした重厚な音楽は、原作の文学性とアニメーションの静謐なトーンを引き立て、視聴者を“物語の中の時間”へと誘いました。
主題歌「きこえるかしら」は、やさしく澄んだ旋律が印象的で、アンの純粋な心と夢見る少女の姿を音楽で表現しています。
全体的に“静かに語りかけるような音づくり”が特徴で、観る人の想像力に寄り添う音楽として、今なお愛されています。
2025年版の大島ミチル×井上ほの花「予感」が描く希望
2025年版『アン・シャーリー』の音楽は、大島ミチル氏が手がける壮麗かつ抒情的な劇伴に加え、井上ほの花さんが歌う主題歌「予感」が大きな話題となっています。
「予感」は、アンが未来に向かって心を開いていく瞬間を、希望と不安が交差する繊細な旋律で描いており、まさに“成長の物語”を音楽で体現しています。
大島ミチルさんは『鋼の錬金術師』『コクリコ坂から』などでも知られ、情感を描く音楽の名手。
今回の劇伴も、ピアノや弦楽器を中心とした透明感ある音作りで、アンの感情の揺れや心の変化に寄り添っています。
また、音楽に込められた“やわらかさ”と“解放感”は、現代の視聴者が共感しやすい感覚として、より物語に没入できる仕掛けとなっています。
つまり、1979年版が“文学としてのアン”を重厚に描いたのに対し、2025年版は“感情の揺れを音で包み込む”演出へと進化しているのです。
『アン・シャーリー』と『赤毛のアン』、どちらも“時代を超える名作”
アニメ『アン・シャーリー』(2025年)と『赤毛のアン』(1979年)は、同じ原作に基づきながら、異なる時代に生まれ、それぞれの世代に寄り添ってきた物語です。
どちらの作品も、アンという少女を通して語られる“成長”や“希望”というテーマに変わりはありませんが、表現方法や視点、受け手の感じ方は時代とともに進化しています。
それでも変わらないのは、人との出会いが人生を変える力を持っているという、普遍的なメッセージなのです。
1979年版は、じっくりと心に染み入るような語り口と、クラシカルな世界観で、「静かな感動」を届けてくれました。
一方、2025年版は、繊細で鮮やかな映像と、現代的な感受性で描く“心のリアル”を映し出し、まったく新しい共鳴を呼び起こしています。
作品の舞台は19世紀末のプリンス・エドワード島でも、アンの心の動きは、令和を生きる私たちにも確かに届く。
その事実こそが、『アン・シャーリー』と『赤毛のアン』が“時代を超える名作”であることの証だといえるでしょう。
今、初めて『アン・シャーリー』に出会う人も。
かつて『赤毛のアン』に心を奪われた人も。
それぞれの人生の節目に、もう一度アンの物語を味わってみてはいかがでしょうか。
- 1979年版は原作に忠実で文学的な演出
- 2025年版は感情描写に重きを置いた現代的構成
- 映像美や音楽にも時代ごとの魅力あり
- アンの心の成長は今も色あせない
- どちらも“心に残る名作”としておすすめ
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